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Case
2026.03.02
【森祐美子×呉哲煥 特別対談レポート】 「居場所から未来をつむぐ」〜AI・SNS時代にこそ必要な“ぬくもり”と“つながり”の再構築〜

2025年8月7日、NPO法人CRファクトリー代表の呉哲煥と、認定NPO法人こまちぷらす代表の森祐美子氏による特別対談イベントが開催されました。

テーマは「居場所から未来をつむぐ」。

AIやSNSが浸透し、個人の自由が最大化された現代において、なぜ私たちは「つながり」を求めるのか。そして、これからの地域やコミュニティはどうあるべきか。

約20年にわたりコミュニティ活動を牽引してきた「マクロな社会構造」を読み解く呉哲煥と、横浜・戸塚の地でカフェという実践の場から「ミクロな現場実践」を重ねる森祐美子氏。

二人の視点が行き交い、未来のコミュニティの形が浮かび上がった90分間の熱狂をレポートします。

第1部:コミュニティの現在地と「膜(まく)」の必要性(呉 哲煥)

冒頭、CRファクトリー代表の呉哲煥からは、歴史的変遷と社会構造の視点から「なぜ今、コミュニティが必要なのか」について話題提供がありました。

共同体の減衰と孤立

かつての日本は、「農村共同体」や「カイシャ」といった強固な枠組みの中にありました。そこには「醤油の貸し借り」に象徴されるような相互扶助がありましたが、同時に「煩わしい人間関係」や「不自由さ」も存在していました。

高度経済成長を経て、都市化・核家族化が進み、市場経済が発展したことで、私たちはお金さえあれば一人で生きていける社会を手に入れました。「醤油を借りてお礼を言う煩わしさよりも、コンビニで買う気楽さ」を選び取ってきたのです。

しかし、その「自由」の代償として現代社会に蔓延したのが「孤独・孤立」です。呉は現在の社会状況を、”共同性が減衰”し、新たなつながりの形がまだ確立されていない「谷間の時期」であると指摘します。

「裸」でも「鎖国」でもなく、「膜」を持つ

これからの未来、私たちはどう生きるべきか。呉が提示したのは「膜(まく)」という概念です。

  • 裸: SNSやグローバル社会に無防備に放り出され、傷つき消耗する状態。
  • 鎖国: 壁を作って閉じこもる状態。
  • 膜: 細胞膜のように、外部と緩やかにつながりながら行き来し、自分たちの心地よい領域を守る「浸透圧のある境界線」。

これからの未来は、かつての不自由な村社会に戻るのではなく、「自由でありながら、誰かと共に生きる(共生)」という、新しい第三の道を模索する「山登り」のフェーズにあると語りました。

第2部:居場所の価値と「工藝的」な未来(森 祐美子氏)

続いて、横浜市戸塚区で「こまちカフェ」などの居場所を運営する森祐美子氏より、現場での実践に基づいた「居場所の力」について語られました。

居場所とは「言葉を取り戻す場所」

森氏は、居場所の価値を単なる「交流の場」以上に、「言葉を取り戻す場所」「時間と空間の共有」「人間性の回復」にあると定義します。

本当にしんどい時、人は自分が何に苦しんでいるのかさえ言葉にできません。役割(母、社員、役職など)を脱ぎ捨て、ただ「一人の人」としてコーヒーを飲む。そんな「時間と空間の共有」こそが、失われた自分を取り戻すプロセスになります。

特に強調されたのは、「待ち続ける」というスタンスです。

人はつながりを失う時、同時に「自分自身とのつながり」も失っています。そんな時、無理に干渉するのではなく、「ただそこに存在し、待ち続けてくれる場」があること。「行かなくてもいいけれど、そこにあると知っている」という安心感が、その人の固い殻を溶かしていくのです。

「矛盾・不安定」を楽しむベース(土台)

さらに森氏は、居場所の重要な機能として「矛盾と不安定を楽しむベース」であることを挙げました。

「関わりたくないけれど、一人ではいたくない」「これが正しいのか、間違っているのかわからない」。 私たちの心や生活は、常に矛盾や不安定な揺らぎの中にあります。しかし、感覚的に「あ、ここは安心できる」「居心地がいい」と感じられる「安全なベース(土台)」があれば、人はその揺らぎの中に身を置くことができます。

安心があるからこそ、自分の矛盾と向き合い、「自分ってこういう人なのかもしれない」と気づくことができる。安心があるからこそ、予期せぬ他者や出来事と出会い、予期せぬ自分の行動が引き出されていく。矛盾や不安定さを排除して「正解」を求めるのではなく、安心感という土台の上で、それらを丸ごと抱えて面白がれるようになること。それこそが、居場所が持つ深い価値なのです。

AI時代だからこそ「双方向性」を

AIやSNSの利便性を認めつつも、森氏は「関わり合いによる双方向の変容」こそが人間の本質であると説きます。

一方的な支援ではなく、関わることで自分も相手も変化していくこと。能登半島の被災地で出会った大工さんのエピソードが紹介されました。

家を失い、身体の自由も失いかけた大工の男性が、周囲の若者やボランティアの力を借りて倉庫を再建する中で、大工としての誇りと自尊心を取り戻していく物語です。

「人は一人では回復できない。誰かの力を借り、双方向に作用し合う中でこそ、生きる力は湧いてくる」

森氏の言葉に、会場は静かな感動に包まれました。

「工藝的(こうげいてき)」な地域づくり

森氏がこれからのキーワードとして挙げたのが「工藝的」という言葉です。

その土地の「暮らし」「文化(非言語的なもの/土地に根ざしたもの)」を大切に読み解き、それを「デザイン」していくこと。

本質的なルーツを保ちながら、時代に合わせて洗練させていく。AIには読み取れない「土地の文脈」や「人の機微」を丁寧に紡ぐことこそが、これからの地域づくりには不可欠であると提言しました。

第3部:クロストーク「自由という不自由」を超えて

後半の対談では、互いのプレゼンテーションを受けて、「自由」と「共生」のバランスについて、より深い議論が交わされました。

「自由」を引き受ける覚悟

呉の「これからの社会は、自由でありながら共生する」というビジョンに対し、森氏は「自由であることの難しさ」を指摘しました。

「自由とは、選択できるということです。しかし、選択には常に『迷い』と『不安』が伴います。選択肢が増えれば増えるほど、私たちは不安になる。だからこそ、その不安や迷いを共有し、支え合える他者が必要になるのではないでしょうか」

これに対し呉も深く頷き、「自分一人で決めることの限界」について言及しました。

「AIや情報が溢れ、分断が進む社会だからこそ、意図的な『住み分け』が必要です。デジタルで一人を楽しむ時間と、リアルで他者と双方向に作用し合う時間。その両方を行き来しながら、自分の輪郭を保っていくことが大切だと思います」

異物を受け入れる「翻訳機能」

また、多様な人が集まる場において、どうすれば分断を防げるかという問いに対し、森氏は「結合点としての翻訳」という視点を提示しました。

異なる価値観(異物)が入ってきた時、人は本能的に拒否反応を示します。しかし、そこに「なぜその人がそう考えるに至ったか」という背景(文化や歴史)を翻訳し、噛み砕いて伝える機能(人や場)があれば、それは「排除」ではなく「理解」へと変わります。

これからの居場所には、単に場所を開くだけでなく、こうした高度な「翻訳機能」や「編集機能」が求められることでしょう。

編集後記:これからの「居場所」を考えるあなたへ

イベントの最後、呉は「これからの10年、コミュニティは一部のマニアックなものではなく、より大衆的(ポピュラー)で広いものになっていく予感がある」と締めくくりました。

かつての村社会への回帰ではなく、かといって孤立した都市生活のままでもなく。

AI・SNS時代だからこそ、私たちは「体温のあるつながり」の価値を再確認し、あえてその「心地良い面倒くささ」を選び取っていく必要があるのかもしれません。

参加者一人ひとりが、それぞれの持ち場へと、温かい「宿題」を持ち帰るような一夜となりました。

 

対談動画(フルバージョンはこちら)

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